coup de tete/Kip Hanrahan

COUP DE TETE
ウーム、素晴らしい…。とはいえちゃんと説明することなど出来ないのだけれど。主にパーカッションと単線楽器によるアンサンブル。
ハンラハンの原初的な風景が「母親が泣きながら壁をドンドンドンドン叩いてて、隣の部屋で男が女を叩いてる。グラスなんかの割れる音がして、その音を消すためにラジオのボリュームを一杯にして、ラテンがガンガン鳴っている(ライナーのインタビューより抜粋)」なんてもんだから、ぼくなんかとはバックグラウンドが全然違う。彼の音楽に共感しているのか(出来るのか)どうかはわからないけど、このサウンドからぼくが感じられるのは、いかに自分自身の原始的・衝動的なエモーションを喚起し、顕在化させていくか、ということへのヒントの横溢だ。
ここにはハンラハンという人の表現のプロセスそのものが記録されているといっても良いと思う。既存のあらゆるクリシェを極力排し(しようとストラグルし)、原始的な「表現」にコミットしていく姿は、音楽的な感動を超えて腹の底に溜まるような実感と、風景を少しずつ変容させていく「力」を持っていると思う。彼ははっきり言っているが、バックグラウンドというものは彼の音楽とは関係無い。表現したいが故に集まること、それがすべてだ、と。願わくば、ぼくにもそのような原始的なマインドが戻ってきますように。この原始的で、というか暴力の予感と、それにアゲインストしていくための(俺たちはアゲインストしていくんだっていう)パワー、それは暴力に似て非なるものなのだろう、非暴力的な暴力と暴力的な非暴力。「外なるインサイダー」は声高に叫ぶだろう。でもぼくはそれにひたすらアゲインストしていく。ぼくは彼らの思想から自分自身を守らなくてはならない。それが非暴力への暴力だとしてもだ。我々は幻想に打ち勝つことが出来るか。