ER/Nils Petter Molvaer

ニルス・ペッター・モルヴェルの、2005年リリースの目下最新作。ERって緊急救命室みたいですね。「医学書なんか読んでると病気になるぞ、カーター」ってね。このアルバムでは8曲中7曲のタイトルに「er」がつけられている。モルヴェルの母国語であるノルウェー語では、この「er」はam、is、areすべてに相当するらしい。ライナーにそう書いてある。
モルヴェルという人を評するときに、エレクトリックマイルスを志向した音楽性というのが見られるようだけれども、確かに98年リリースの「Khmer」ではアグレッシヴに吹いている曲もあるし、パーカッションの入れ方をはじめとしたサウンドメイクにも、マイルスの影響が色濃く出ていると感じられる(この「Khmer」はECMのレーベルカラーを破った傑作として名高い)。
でもこの「ER」を聴けば、モルヴェルがマイルスを踏襲しつつも独自のセンスで音楽性を切り拓いていることがはっきりとわかる。鋭角的なトランペットは身を潜めよりまろやかになって、より饒舌に、けれど秘密を隠し持ったエレクトロニクスのサウンドの中に溶け込んでいく。むしろ地味といってしまってもいいかもしれない。でもよく耳を傾けてその音の中に入っていけば、興奮と快感の波に洗われるだろう。
全編にわたってエスニック(という括りがもはや自分の中で曖昧な民族イメージなのですけれど)・東洋色がかなり盛り込まれていて、興味をそそる。サウンドの他、やはりビートにその特徴が強く生かされている。

1. HOVER そのまろやかなトランペットの静かな囁きとシンセの提示は、聴くたびにモルヴェルの世界へと誘う。続いてやってくる性急なビートとサンプリングドラムがクール過ぎる。まるでセラミックの地下鉄を人々の影だけが行くような、そんな感じだ。タブラが入ってくるともうクール・モルヴェル・アンダーグラウンドだ。
2. SOFTER 輪郭を失った緩やかなトランペットと、それを包み込むようなパーカッションの低い響きは、幽玄の世界、まるで水墨画のようだ。風のようでもある。
3. WATER メチャクチャかっこいいぞ。アルバムの中ではもっともオーソドックスかな。ゆったりとしたテンポとやはり性急感のあるビート。シゼル・アンドレセン(Vo)が良く利いている。モルヴェルも後ろのほうで上げめのソロをとっている。
4. ONLY THESE THINGS COUNT そのシゼル・アンドレセンがフィーチュアされたボーカル曲。パーカッションがここでも土台を築き、エスニックさをスパイスにした幻想的な音景を提供。
5. SOBER モルヴェルのソロに「サウンドスケープ」。クール。
6. DARKER この曲もクールでダーク。かっこいいぞ。3人によるドラムプラグラミングがタイトでクール。目立たずも凄く気の利いたプレイをしているアイヴィン・オールセット(g)の奏でるノイズが(ここでも控えめながら)印象に残る。
7. FEEDER これがアルバムの中でもっともインド色を持ったちょっと異色な曲。プログラムされた男達の声、合唱が耳に残る。ギターがやはり良い。
8. DANCER 最後の曲は徐々にパーカッションが入り、途中からすっと抜けるようにタイトなグルーヴが生まれ出る。ダンスをするにもトリップ寸前だ。

クラブ・ジャズ?とでも言うのかな、このあたり。ニルス・ペッター・モルヴェルはおそらく第一人者であろう。メンバーにはギターのアイヴィン・オールセットやドラムのリューネ・アーネセンなど興味深い人々が多数集っている。このあたりのジャズは今ホントに面白いことになっていそうだ。「ER」の前身として「Solid Ether」という作品があるのだけど、今度そちらを聴いてみたいと思う。
 
試聴
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