ニョポニョポーニョポーニョポニョポーニョポー

「なろうと思わないと何にもなれない」という現実の厳しさを(CMらしからぬ流行りの方向で)ストレートぎみに説いた言葉よりも、そうすけが「だってりさと約束したんだもん」とさりげなく言った一言のほうが、どれだけ勇気をくれるか。
ありきたりだが、なれるかなれるかが問題なのではなく、貴方は何を信じ、そのことに何らの揺らぎも無いのか?あるとすればどのような?ということなのだ。そのような意味で、現代における宗教(そうすけの「そう」が「宗」でありまた「そう」でもあること)、またその強度。について思いを馳せざるを得ないが、これは今の思いつき。ジブリの新しい社長が云々とかはおれは知らない。ま、それが物語の強さであり、片やCMの強度でもあったわけだ。CMという幻想の脆弱さ。を今更そんな風に言われても興醒めっす。って感じしか無いのよね。それとも、そんな物言いが今の子供や中2には丁度良くクールな感じなのかもしれない。
 
ポニョがエヴァンゲリオンに似てる。っていう感想はどうやらわりと素朴のようなのでいいや(庵野秀明が良くも悪くもああいう形でしか世界の再生を描けなかったことへの、宮崎駿の回答。にぼくには見えたのだが)。一番印象に残っているのは、停電した家でそうすけとポニョが足や手を使う場面。そこではそうすけがポニョに対しマナーの提示をしているものの、りさからの指示は無い。ポニョはただりさの振る舞い、そうすけの振る舞いをじっと観察しているだけだ。そしてポニョはそれに自然と従うのである。そこが泣ける。あのシーンを何度と無く繰返して、現代の教育界(無論まず第一に親が挙げられる)の猛省を促したい。現代の教育にもっとも欠けているものがそこに描かれている。
そしてこれは宮崎作品にとって初だと思うのだが、女性の女性としての力強さが肯定的に描かれていて、オッとなった。りさがビールのプルタブをあけるシーンなんか、素晴らしいと思う。山口智子が(映像との結びつきという点が)良いんだよね(何度も三石琴乃にきこえてしまったが)。所ジョージも良かったんだが、それは映像との結びつきよりも「所ジョージ良いねえ」と思ってしまい、彼の自我の波動が強すぎた感がある。いい仕事してんだけど。第二の糸井重里か。
ていうか2年前の作品を今更って感じだけど、仕方ない。今日はじめて観たんだから。もっと早く観れば良かった。ポニョ…萌え!!!(と思ってしまうのが怖かったからか。光源氏) 今回の人物の作画はほぼ完璧じゃないでしょうか。作品の中に生の生々しさや、忌むべき地の力。などが織り込まれているのも(相変わらず)良かった。ポニョが大股を広げているのも、眠ってしまったポニョの太ももをそうすけが触っているのも良かった。現代のアニメにおけるフェティッシュや、つまるところ「記号化」における回答なのかな。と思った。そこの庵野秀明との対比も、考えてみると面白い。
  
最後に関係なくエヴァンゲリオンに行ってしまう。
Evangelion Vox - Can't Get you Outta my Head

 
Evangelion Vox - Promise Land (Reprise)

 
個人的にもっとも美しいスタッフロール

 
以前何かで読んだ中で、宮崎氏は庵野氏のエヴァンゲリオンをして「あんなの戦争ごっこだ」と批判していたが、宮崎と庵野のアニメにおけるメタファ化の方向性に、(世代的にも)明確な違いがあると思う。今回のポニョを観て、宮崎はエヴァンゲリオンを結構バカにしていたような物言いだった(と勝手に記憶している)が、実は横目に見ながら結構大変だったのかな、と思った(ヴィジュアルのみならず、後半の脱構築?な展開もそっくり)。そういう意味を加味しつつ、ポニョでの母性の描き方に結構びっくりした。
  
そうそう、庵野さんがナウシカを三部作で作りなおしたら良い。と思っていたらしく、これはびっくり。庵野さん曰く「(ナウシカ原作の)7巻をやりたい」とのことで、これはもう、尻の穴が塞がるほど是非やってもらいたい。まさかナウシカ三部作という構想あってのエヴァリビルドなのか、とすら思えてくる。もうだってさ、自分でやりたいくらいだったもん、ナウシカ完全版(どう世界が変わっても勿論出来るわきゃないけど)。死ぬまで観らんないだろうな。と思っていたもん。最初に言った「なろうと思わないと」じゃないけど、やりたい。という声があればいずれ何らかの形で実現する。はずだ。